“疲れ目には遠くを見るといいと聞いたので、30階の窓から下の地面をじっと見つめてたら上司から「今日は早く帰りなさい」と言われた”

shihlun:

Crowds Gather In Taipei To Show Support For Hong Kong Pro Democracy Rallies.

Photo by Ashley Pon

“日本政府の歴史修正主義によって、中国、韓国などアジア各国との政府間関係は良好ではありませんが、このような時こそ労働者や市民のあいだでの国境を越えた連帯が何よりも重要です。”
undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947 undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947 undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947 undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947 undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947 undr:

Ruth Orkin
The card players. 1947
johnnymarrvellous:

Johnny Marr on the cover of next week’s NME. Kindly shared by NME’s art director Mark Neil on Twitter.

johnnymarrvellous:

Johnny Marr on the cover of next week’s NME. Kindly shared by NME’s art director Mark Neil on Twitter.

(kowalskitravisから)

「朝日新聞は、原発と戦争責任という非常に重要な2つの問題を提起したわけで、方向性は誤っていなかった。なぜなら、福島原発も戦争責任も、これまで日本政府が隠蔽してきたことで、朝日はそれらの追及を行ってきたからです。それを安倍首相は、右翼的言動で封殺しようとしている。

 安倍首相が唱える愛国主義と、EUで盛り上がったスコットランドやカタロニアの独立運動とは、一見すると似た潮流に見えますが、実は似て非なるものです。なぜなら、安倍首相の愛国主義は、日本国民の広範なコンセサンスをまったく得ていないからです。

 安倍首相は『積極的平和主義』を唱えていますが、EUから見れば『積極的右翼主義』にしか見えません。EU市民が安倍首相に評価を下すなら、ABEの頭文字の『A評価』ではなく、最後の文字の『E評価』(不可)です」

technodelic1981:

The Smiths / THIS CHARMING MAN / What Differece Does It Make(1984) 

(lovejapanese80sから)

一方、アベノミクスの恩恵を感じられない人もいます。
非正規のパート社員としてビルの清掃の仕事をしている東京・新宿区の50代の男性は、給料が上がらず将来に不安を感じているといいます。
男性は、都内の大学を卒業後、広告代理店などで正社員として働いてきましたが、バブル崩壊後、仕事を失い、非正規の仕事を転々とせざるをえませんでした。
昼の仕事だけでは生活が苦しいため、2つの会社をかけもちし、昼間は週6日、夜も週3日働いています。
200時間以上働く月もあり、労働時間は正社員のときより増えたといいます。
しかし、時給はそれぞれ920円と1000円のため、月の手取り収入は合わせても20万円に届きません。
正社員と違ってボーナスや昇給もなく、ことしの契約更新でも時給は上がりませんでした。
去年の年収は200万円余りで、退職金もなく蓄えも少ないため老後に不安を感じています。

男性は「自分の周りで非正規労働者として働く人は時給が上がったという話をする人がいない。消費税は上がるなど生活は苦しくなる一方だ。学生のアルバイトや主婦のパートと違い、自分のように生活を支えている非正規労働者については、正社員に転換を進めるなど、政府には待遇の改善に取り組んでもらいたい」と話していました。

— NHK NEWS WEB サラリーマン年収増加も格差拡大  http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_0930.html

shihlun:

The faces of protesters in Hong Kong.

Photos by Alex Hofford

“寒い日だった。ガイドブックを頼りに地下鉄のハイゲート駅まで行ったのだが、広大な墓地の入り口が分らなかった。通りかかった地元の人に「マルクスの墓はどこですか?」と尋ねても首をかしげているので、有名な哲学者だと言葉を継ぐと、「ああ、あのユーゴスラビアかどこかの・・・・・・」という答えが返って来た。かの有名なマルクスも、ここでは数多い亡命者たちの一人に過ぎないということのようだった。
<徐京植『ディアスポラ紀行』(岩波新書2005)>”